所長挨拶

 現在、多くの大学に「教養教育センター」や「生涯学習センター」が設置されています。しかし、慶應義塾大学教養研究センターは、日本で殆ど唯一の教養のための研究センターです。「教養」は人間にとって絶対に必要なものでありながら、いまだその形式も機能も目的も明確に答えられる人はいません。例えば、マシュー・アーノルド はCulture and Anarchy (1882) において「教養」を「文化」(Culture) と捉えました。また、T. S. エリオットは、“What is a Classic?” (1944)というエッセイの中で、「教養」を「成熟」(Maturity)という言葉で表しました。さらに福澤先生のいう『学問のすすめ』は、まずは学ぶ姿勢の奨励という意味で「教養」の勧めであると私は捉えています。いずれも、「教養」を直観的に言い表したものですが、教養研究センターの最大の目的は、「教養とは何か?」「教養はどの様な役割を果たすのか?」「教養は何のために必要か?」という疑問に明確な答えを与えられるだけの研究を行うことだと私は思っています。
 教養研究センターはこれまで、様々な方法で教養教育の実践に取り組んできました。そこでは、「アカデミック・スキルズ」のように新しい方法での初年次教育を展開しているものもありますし、さらに、「日吉学」や「身体知」のように学部教育でこぼれ落ちた分野を掬いあげるもの、「生命の教養学」や「情報の教養学」のように従来の科目群では追い付いていけない新しい分野を取り込んでいくものもあります。あるいは、HAPP、カドベヤ、日吉キャンパス公開講座など地域連携の実験的実践が行われてきました。さらに、山形県鶴岡市のご厚意で、単なる座学ではなく、豊かな生命の営みを実感しつつ「生きる意味」を考える「庄内セミナー」という非常に意義深い試みが行われています。教養の意義と輪郭を研究活動によって明らかにするとともに、理想の教養教育の方法と内容を実践によって模索することは、当センターの大きな役割であり、これからも積極的に取り組んでいきたいと思います。
 教養は、例えば医療と同じく、それが人々にとってなくてはならないものであると同時に、社会全体にとってもなくてはならないものです。教養は、専門技術に比べて、とかく役に立たないものと見なされることが多いですが、それは間違っています。かつて、全てを奪われ監禁された南アフリカの政治犯は、音楽、美術、演劇、文学などの教養(Humanities)が、人間にとって不可欠なものであり、「食べ物よりも重要だったことを確信した」と発言しました(デイヴィッド・シャルクウィック による国際演劇学会での基調講演より、ウォリック大学、2014年)。豊かな精神の涵養は、すでに生死の問題とも言えるのです。教養研究センターは、教養とは何かという問題について正面から向き合い、実践的に教養研究を展開し、それを教育に還元し、また、広く社会に公開してゆかなければなりません。教養研究と教養教育、そして、その為の基盤整備は、豊かな個人を育てるために、大学としての必須の活動であると私は信じています。皆さまのご協力を何卒よろしくお願い申し上げます。

教養研究センター所長

小菅隼人 (こすげ・はやと)

1962年生まれ。山梨県甲州市勝沼町のぶどう畑の中で育ちました。現在、慶應義塾大学教授(理工学部外国語総合教育教室)、日本演劇学会副会長、国際演劇学会(IFTR)理事などを仰せつかっています。専門は、シェイクスピアを中心とした英国チューダ朝演劇、および、舞踏を中心とした現代芸術です。演劇を劇文学としてではなく、パーフォーマンスと捉えて研究に取り組んでいます。本塾大学文学部の故安東伸介先生のゼミでシェイクスピア研究を志し、その後、ケンブリッジ大学で、リチャード・アクストン先生、マリー・アクストン先生ご夫妻のご指導で、初期チューダ朝演劇に研究範囲を広げました。並行して、学部時代から本塾大学名誉教授の楠原偕子先生の私的研究会にずっと参加しており、特に舞踏を中心にした現代日本のパーフォーマンス研究を進めています。その一環としてアートセンターで土方巽アーカイブを担当し、研究グループ・ポートフォリオBUTOHのプロジェクトリーダーを務めています。日吉キャンパスおよび矢上キャンパスで英語、総合教育科目、人間科学セミナー(大学院)を担当すると共に、三田キャンパスでは文学部で美学美術史研究会(演劇美学専攻のゼミ)、および文学部・大学院で演劇史を担当しています。主要業績には以下のものがあります。『ハムレット』(翻訳・解説)、『身体医文化論:腐敗と再生』(編著)、『演劇論の現在』(共著)、クリストファー・イネス『アヴァンギャルド・シアター』(共訳)、『演劇論の変貌―今日の演劇をどう捉えるか』(共訳)ほか。バラと葡萄畑に囲まれて暮らしています。家には、六匹の猫、二羽の文鳥がいます。いつも、心と頭と体のバランスを忘れないようにしたいと思っています。

 

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